東京高等裁判所 昭和35年(う)1859号 判決
被告人 富田万治郎
〔抄 録〕
所論は、原判決は、その犯罪事実第一の(2)として、被告人は昭和三四年一月三日頃予て興陽住宅有限会社々員林勝三より約束手形の割引斡旋方の依頼を受けたことを奇貨とし、同人に対し虚構の事実を申し向け、同人より割引斡旋名下に額面四五、〇〇〇円、支払期日昭和三四年三月三一日、支払場所株式会社駿河銀行静岡支店、振出人静岡市鷹匠町一八番地の二興陽住宅有限会社代表取締役望月富美名義の約束手形一通の交付を受けてこれを騙取したものであると判示しているが、原審において取り調べた望月富美の司法巡査並びに検察官に対する各供述調書、林勝三の検察官に対する供述調書、新穂豊吉の司法巡査に対する供述調書等によれば、右約束手形は林勝三が偽造したものであつて無価値のものであることが明かであり、従つて被告人の所為は詐欺罪とならないものであるにかかわらず、原判決は右手形が偽造であり無価値であるとの点につき何等判示していないため果して被告人の所為が詐欺罪となるか否かにつき判断することができないのであつて、この点において原判決には理由不備の違法があると主張するのである。よつて案ずるに、昭和三五年五月二五日付の本件起訴状の記載によれば、その公訴事実は、被告人は予て興陽住宅有限会社々員林勝三より約束手形の割引斡旋方の依頼を受けたことを奇貨とし、同人より割引斡旋名下に約束手形を騙取しようと企て、昭和三四年一月三日頃静岡市北安東町一七六番地の当時の被告人居宅において右林勝三に対し「先に約手を割つてくれるところはないかとの話があつたが、松がとれたら直ぐ割れるところがあるから割引いてやる」等と虚構の事実を申し向け、その旨同人を誤信させ、よつて同月一二日頃同所において同人より割引斡旋名下に額面四五、〇〇〇円、支払期日昭和三四年三月三一日、支払場所株式会社駿河銀行静岡支店、振出人静岡市鷹匠町一八番地の二興陽住宅有限会社代表取締役望月富美名義の約束手形一通の交付を受けてこれを騙取したものであるというにあつて、原判決はその犯罪事実第一の(2)として右と同様の事実を認定していることは所論のとおり、原判決の挙示する右第一の(2)の事実に対応する証拠に徴すれば、被告人が原判示の日原判示の場所において原判示のような欺罔手段を用いて林勝三を誤信させよつて同人より原判示約束手形一通の交付を受けた事実を認めることができる。ところで原審において取り調べた証拠である望月富美の司法巡査並びに検察官に対する各供述調書、林勝三の司法巡査並びに検察官に対する各供述調書、新穂豊吉の司法巡査に対する供述調書によれば、被告人が林勝三より交付された前記約束手形は同人が偽造したものであること、右交付当時同手形には裏書がしてなかつたものであることが明らかに認められるのである。若しそうであるとすると、かような偽造手形は何人の所有をも許さないものであり財産犯たる詐欺罪の目的物となるべきものではないといわなければならないから(大審院大正元年(れ)第二〇四八号同年一二月二〇日判決、同大正一〇年(れ)第一七一五号同年一二月五日判決参照)、被告人において林勝三を欺罔して右手形の交付を受けたとしても、その所為は詐欺罪を構成するものでないといわなければならないこととなり、被告人の右所為に対し刑法第二四六条第一項を適用した原判決は法令の適用を誤つたもので且つその誤は明らかに判決に影響を及ぼすものであるということに帰するのである。しかるに原判決は右約束手形が偽造であるか否かにつき判断を与えていないのであるからその擬律の当否を審査するに由ないのであつて、結局原判決はこの点において理由を附しなかつた違法があるものというの外なく、論旨は理由があり原判決は到底破棄を免れない。
(長谷川 白河 関)